飼い猫は、自分の死期が迫るとどこかに行ってしまうという俗説があります。
かく言う私も、近所の家族が飼っていた猫との別れを体験したことがあります。
私が小学生の頃、住んでいた借家の裏手にも同じ家があって、その家族は猫を飼っていました。
黒、と言うよりも灰色に若干近い色をした猫で、大人しいながらも人懐っこい猫でした。
家の裏口から出るとその家の玄関がすぐそこにあり、裏口を開けているとその猫が勝手に入ってきたこともありました。
居間で寛いでいた私は、「ニャーン」という鳴き声に驚き、裏口が開いているのに気づきました。
どうやら、母が裏口から出たあとにその家の奥さんと長話になってしまったようです。
その隙をついて侵入したようです。
じっとこちらを見てくるので「お腹がすいているのかな」と思った私は味付けしていない煮干をあげることにしました。
一言小さく鳴くと、途端にがっつき始めました。
食べ終わったあとも同じように小さく鳴くと、喉をごろごろ鳴らしているのが可愛かったのを今でも鮮明に覚えています。
ある冬の日、玄関を叩くような音がしました。
人が叩くには小さな音でしたが、玄関に近い部屋にいた家族が気づいて玄関を開けると、その猫がいました。
いた、と言うには些か行儀よくしていた気がします。
いつもなら、裏口から侵入する猫だったので、玄関の方から入ろうとするのは珍しかったので「どうしたのかな?」と思いました。
家族全員が揃ったところでその猫はいつもよりも通るような声で一言鳴くと、どこかに行ってしまいました。
何だったんだろう、と思いながらも、夜遅かったのでそのままにしておきました。
それから数日後、裏の家の家族から「猫が戻ってこない」という話を聞きました。
どうやらあの日、私たちの前にその家族にも同様に挨拶をした後に、どこかに行ってしまったそうです。
いつもなら2~3日で戻ってくるのですが、その日はもう一週間は経っていたと思います。
その日の晩に父に聞くと「猫は自分の死期を悟ると、どこかに行ってしまうんだよ」と言いました。
あの晩の出来事は、猫が最後のお別れを言いに来たんだと悟りました。
その日以来、その猫には会っていません。
しかし、あの晩の出来事のおかげで、その猫のことは20年近く経っても忘れずにいます。